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私たちの街創りby Abiko A-life

2026年03月23日

映像とAIで描く我孫子の未来。直感から始まった、同い年クリエイターとの「街創り」

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PROFILE

中澤 洋一 / YOICHI NAKAZAWA
A-LIFE HOLDINGS株式会社 晃南土地株式会社 代表取締役 千葉県印西市出身。不動産業界一筋に歩み、都内など数社を渡り賃貸や売買の経験を積む。2014年に晃南土地株式会社代表取締役に就任。「不動産事業で地域を代表する企業を創造する。人をつなぎ、街創りの架け橋となる事業の創造とサービスの発展で、地域に貢献する。」を目標に掲げ、1991年創業の歴史を受け継ぎながらも、柔軟な視点とフットワークで街の事業開拓やイベントに積極的に参加し、新たな風を起こしている。我孫子に根ざした地元企業の代表として街をリードし、オピニオンリーダーとしても活躍の場を広げている。

 

中村 祥一 / SHOICHI NAKAMURA
ラジオディレクター、映像・AIクリエイター(ハイパーリアルクリエイター)。 1976年茨城県日立市生まれ。東京でラジオディレクターとして長年活躍したのち、約15年前にドローンを用いた映像制作を開始。ハリウッド映画などで使用されるシネマカメラ(RED)を駆使し、独自のシネマティックな映像表現を追求する。これまでに高城剛氏の海外ドキュメンタリー撮影、フォトブック「BETTER TOMORROW」の制作、ショーン川上氏のビデオポッドキャスト「MAKE IT NEXT」の制作のほか、坂本龍一氏の「Opus – objects」の写真を手掛け、ブックレットへの作品提供も行うなど、数多くの著名人とも協業。近年は「鏡零」名義で執筆したAIとの最新短編小説『ななひかり』がAmazonエッセイ・随筆売上ランキング1位を獲得するなど、テクノロジーと人間性の交差点で新しい創作手法を模索している。我孫子市の「白樺芸術祭ABIKO 2025」におけるウェブサイトおよび”AI志賀直哉”の制作など、多岐にわたるクリエイティブ活動を展開。我孫子市在住。■中村祥一 – SHOICHI NAKAMURA – 公式サイト https://shoichi-nakamura.com/

 

 

 


 

晃南土地・中澤洋一 × ハイパーリアルクリエイター・中村祥一

私たちの暮らす街には、日常が行き交っているだけのように見えて、時に想像もつかないような偶然の出会いが転がっています。それが街の未来を変える小さな”種”になることも…。

 

2019年の秋、我孫子の街角に立てられた一枚の看板から、ひとつのユニークなつながりが生まれました。 その出会いは、不動産会社・晃南土地を牽引する中澤洋一社長と、我孫子在住の映像・AIクリエイターである中村祥一さんとの出会い。

1976年生まれという同い年の二人。不動産業とクリエイティブという全く異なる業界に身を置きながらも、互いの感性に共鳴し、これまでにないアプローチで我孫子の「街創り」に関わってきました。2025年には、我孫子市中央学院大学と連携した「白樺芸術祭ABIKO 2025」でのコラボレーションを実現。今回は、そんな二人の歩みと、AIを取り入れた新しいビジネスのあり方、そして国際化が進む我孫子の未来、互いを高め合う「大人の遊び」のような関係性について語り合っていただきました。

 

 


街角の看板から始まった、直感と行動の出会い

 

 

 

――― お二人の出会いは2019年とのことですが、どのようなきっかけだったのでしょうか?

 

 

中澤 :2019年の10月に手賀沼でイベント(※1)があって、そのタイミングで、とあるマンションの交差点のところに、我孫子の街の絵を描いた3×4メートルくらいの大きな看板を立てたんです。その直後の11月か12月頃だったかな。突然会社に電話がかかってきたんです。「社長に会いたい、という方からお電話です。我孫子に住んでいる方だそうですが、看板を見て電話したとおっしゃってます」と。

 

僕のように、街りの活動をしていると、ボランティア系の方や寄付協力の電話はよく突然かかってくるので、そういう電話かなと思ったんです。ですが、ちょうどこの年は僕自身が理念経営を始めたタイミング。「いろんな街の人と会っていきたい」という年だったので、「ぜひ直接会ってお話ししませんか」という流れになって、事務所にお呼びしました。

 

中村さんの第一印象は「サラリーマン風じゃないな。何をしてる人だろう…」って感じでしたね。でも、弊社の看板を見て電話をくれたと言うし、「我孫子で面白いことをしている人がいる」という、感性で何かをキャッチしてくれた人なんだということは、話し始めてすぐにわかりました。結局、僕のほうが中村さんにすごく興味を抱きながら話を聞いていましたね。

 

中村 : 僕は元々東京でクリエイティブな業界で活動をしてきていたので、こういった街おこしのデザインなどはかなり見慣れていたんですね。だから、あの看板を見た時は瞬時に「イメージの次元がすごく高い。このレベルでまとめられるなんてどういうことなんだろう…。しかも我孫子でやっている人とは、いったいどんな人なんだろう?」と、ある意味、強烈な違和感を抱いたんです。つまり、強い興味を持ったという感じです。今、我孫子で何が起きているのか、その正体を確かめたくて、すぐに行動しました。

 

 

※1 2019年に実施された、晃南土地主催による手賀沼でのイベント
▶︎ 「
NEIGHBORSHIP-ネイバーシップ我孫子国際交流文化祭」(外部サイトへ移動します)

 

 

――― ピンときた瞬間、すぐに電話をかけられたのですね。

 

 

中村 : ええ。僕、そういう時はすぐ行動しちゃうんです。ピンと来たらすぐ。解決しないと気持ち悪いというか。

 

中澤 : 中村さんって、そもそもそういう生き方が習慣になっているんですよね、きっと。出会ったものに対して、常に肯定的に捉えて、形にしていく。だからこそいろんな人と出会って、創造できる人になっているんだなと、話を聞きながらいつも感じます。

 

 

異なる業界だからこそ惹かれ合う、同い年の価値観

 

写真提供/中村祥一

 

 

――― 全く違う業界のお二人ですが、お話をされてみていかがでしたか?

 

 

中澤 : 僕は不動産業界で「どれだけ短期間で成果を出すか」という世界にずっといたので、クリエイティブな人たちが膨大な時間をかけて一つの作品を作る姿勢に対して、最初は不思議に思っていたんです。「なんでこんな生産性の悪い仕事をしているんだろう」って(笑)。でも、できあがったものにはとても深い思いや物語が含まれている。だから、短時間で成果を出すという価値とは真逆だった。時間の価値というものが全く逆である世界がすごく新鮮でした。

 

クリエイティブな人たちとは、いったい何を考えているんだろうと。ちょうどこの年が、そういったことに興味が湧いた年でもありました。だから中村さんとの出会いは必然だったのかもしれません。しかも、聞いたら1976年生まれで同い年! さらに親近感が湧きました。

 

中村 : 僕の周りでも、業界でいい仕事をしている同年代っていっぱい出てきています。自分たちを含めて、この年代が世の中を動かしていかなきゃいけない立場になったんだと感じ始めていた時期でした。

 

僕は元々ラジオのディレクターをしていましたが、15年くらい前にドローンを使った映像を作り始めたんです。業者として受けるんじゃなく、一個の作品を作りたいと。だから採算度外視で、10万の予算の仕事でも100万のカメラを使っていました。70点、80点の仕事ではなく、自分が納得できる100点以上のものを作りたいというスタンスです。

 

中村祥一氏がイスラエルで撮影している写真

写真提供/中村祥一

 

クリエイターの高城剛さんとドキュメンタリーで1年間海外を撮影して回った時も、機材にはとことんこだわりましたね。僕は、仕事をもらってから使い方を学ぶのではなく、先に自分が実験して「こんな映像が作れますよ」と提案していくのが好きなんです。

 

中澤 : あれは2020年頃だったかな。中村さんが撮ったさまざまな動画の中から、手賀沼を撮影した映像を見せてもらったんです。我孫子のノスタルジックな一面を捉えた素晴らしい質感の映像でした。僕もちょうど街りを意識し始めたタイミングでもあったので、「中村さんと一緒に、何かを作りたいな」という話をして。そこから色々なことがスタートしましたね。(※2)

 

 

※2 晃南土地株式会社公式YouTubeチャンネルより。中村氏と制作した、我孫子の風景や中澤氏の想いを伝える映像をご覧いただけます。

Abiko A-life Short Film episode1
▶︎ YouTubeで動画を見る(外部サイトへ移動します)

Abiko A-life Short Film episode2
▶︎ YouTubeで動画を見る(外部サイトへ移動します)

 

 

「時間を奪い、価値を増やす」カメラを通じた師弟関係?

 

写真提供/中村祥一

 

――― 中村さんの影響で、中澤社長も本格的なカメラを始められたそうですね。

 

 

中澤 : そうなんです。僕がカメラを買おうか悩んでいた時、中村さんに相談したら「どうせなら自分にしか撮れない、そういうカメラを持つべきだ。あなたは絶対にそこに行き着く人だから」と言われて。そしてライカ(Leica)をすすめられました。それはもう自信満々に言われたので、言われるままに買いました。僕が経営に費やすべき時間を奪った責任、中村さんに取ってもらわないと(笑)。

 

中村 : 中澤さんのことは、かなり好奇心や探究心の強い方だと感じていたからすすめたんですよ。それに、もともとの素養のある方だと分かっていましたし。僕には未来が見えちゃうんです(笑)。中途半端なカメラを使っても、みんなと同じだからといって飽きてしまうだろう。だから、最初の段階から最前線に立ってほしかった。ライカは本質を突き詰めないと撮れないカメラだから、中澤さんのような人は逆に飽きずに続けるだろうと思ったんです。

 

中澤 : 実際に僕、カメラの学校に月に1回のペースで通い始めたんですよ。編集ソフト(Lightroom)の講座も基礎からしっかり受けて。まさにゼロかカメラを学びたくなってしまった。中村さんは自分の力でコツコツ調べて進める派だと思いますが、僕は経営者ということもあってか、その時間が勿体無いと思ってしまう派なので、有識者に聞いて物事を一気に前に進めていきました。そういえば、こういう部分って、僕たち全く正反対の性格ですよね。

 

中村 : そうですね。確かに。

 

中澤 : でも、ライカを迎えたことで、結果的に仕事での建築写真の撮り方も学べたし、SNSでも写真一枚で見方が変わる時代に、クオリティの高い写真で自分自身を表現できるようになった。僕にとって中村さんはカメラやAIの先生みたいな大事な存在です。仕事の領域もかなり広がりましたよ。

 

中村 : 自分で撮れるようになると、他人の写真の良し悪しがわかるようになりますよね。業者に撮影を頼むときも、知っていれば的確な指示もできる。そして正しい判断もできるようになる。僕は中澤さんに、そういう”知識の蓄積”をしてもらいたかったという意図もあって、ライカを薦めたんです。

 

写真提供/中村祥一
中村祥一氏(右から2番目)と中澤洋一社長(一番左)

 

白樺芸術祭、そして「AI」を用いた著名人との新しい表現への挑戦

 

 

白樺芸術祭ABIKOで公開された、AI志賀直哉サイトのTOPページ。白樺派の街・我孫子にて、「志賀直哉と会話ができる!?」と各方面で話題に。

 

 

――― 最近では「白樺芸術祭 ABIKO 2025」でもご一緒されていますね。

 

 

中澤 : ええ。我孫子市中央学院大学との産学官連携で行ったこの芸術祭は、「過去・現在・未来」という歴史を感じさせることがテーマでした。僕はこれまで中村さんが作ってきた横須賀市のブランディング映像や、さまざまなアーティストを追いかけたドキュメンタリー映像を見ていたので、「動画の作成は中村さんしかいない!」と思って声をかけました。

 

中村 : 今回は映像だけでなく、ここ2年ほど研究している「AI」を使った取り組みも行いました。芸術祭のウェブサイトもAIを活用して作りましたし、AIを用いた”AI志賀直哉”の制作も手掛けました。小さなチームでも、AIを使えば芸術祭のような大きなプロジェクトを動かせるという一つの事例になったと思います。

 

 

白樺芸術祭 2025 におけるAI志賀直哉を体験する親子

写真提供/中村祥一

 

中澤 : これからのイベントのあり方を考えた時、AIを取り込んでいかに効率化し、限られた予算と人手の中でどう運営していくか。そのモデルケースになれたらいいなという思いがありましたよね。

 

中村 : そうですね。僕は元々ラジオの出身なので、「一次情報(生の声や作品)」の前の段階、まだ言語化できていない感情や感覚といった「零次情報」にすごく興味があるんです。AIを使えば、そういった言語化できないものを音楽や映像、小説として体感できるようになる。それが、アーティストの表現や芸術祭のコンセプトとすごく合うと思ったんです。 実はこうしたAIの活用については、ショーン川上さんとの取り組みでも生きています。彼のYouTubeチャンネルやAIを使った英語学習本の制作(※3)などで、僕がAIのシステム側でサポートして会話形式の仕組みを作ったりしているんですよ。また、僕自身も「鏡零(かがみ れい)」という名義でAIを活用した短編小説『ななひかり』を出版し、ありがたいことにAmazonランキングで1位をいただくなど、新しい表現の形を日々模索しています。

 

 

※3 中村氏とショーン川上氏との取り組み

YouTubeチャンネル『MAKE IT NEXT』
▶︎ YouTubeで動画を見る(外部サイトへ移動します)

書籍『英語力の核心』〜「なぜ伝わらないのか?」を根本から解決する〜/著者:ショーン川上
▶︎ Amazonで書籍を見る(外部サイトへ移動します)

 

 

――― AIは、晃南土地のビジネスの現場でも導入されているとか。

 

 

中村 : はい。中澤さんと若手社員との週1回のミーティングに5回ほど参加させていただき、その音声を録音してAIに学習させました。そして「中澤社長ならこの時どう答えるか」を分析しました。これによって、新人がチャットで相談すると、中澤社長の過去の思考や発言をエビデンスとして答えをくれるというわけです。つまり中澤さんのGPTのBotを作ったんです。

 

 

中澤 : これが結構ちゃんと使えるんですよ。業務の中で、日頃から社員のみんなには「途中経過を教えてほしい」と伝えるのですが、毎回僕が「どうなっているのか」と問い詰めてばかりいると、若手のモチベーションが下がってしまうかもしれない。

でもBotとのやりとりであれば、もっとフラットな気持ちで中澤と話ができるかもしれない。AIがサポートしてくれることで、会社としての効率も良くなるし、新しい経営の形が見えてきています。すごく新鮮です。

 

変化していく我孫子の街と、未来の子どもたちへ

 

 

 

 

――― これからの我孫子の未来について、お二人はどう見ていますか?

 

 

中澤 : 実は2030年には、我孫子から羽田空港まで乗り換えなしの1本で、しかも1時間以内でつながる計画があるんです。我孫子のポテンシャルはこれからさらに上がっていくと思います。

不動産の観点から見ても、我孫子の緑や水辺の豊かさ、都内から越してくる人たちの価値を保ちながら、人口が減らない街にしていきたいですね。僕の目標は、2035年に企業として100億規模に成長し、我孫子に多くの雇用を生み、新しいビジネスの母体になること。そして、建築という面でも街の風景を作っていける会社になりたいと思っています。

 

中村 : 10年以上前に、何かの雑誌の企画で”AIが分析した過小評価されている街”ということで、我孫子市が日本全国で1位になっていたんです。それもあって、僕は我孫子市に引っ越してきました(笑)。

 

 

――― 最近は外国籍の住人の方も増えてきていると聞きます。

 

 

中澤 : ええ、成田線に乗っていると外国籍の方が本当に増えたなと感じますよね。若い学生さんや家族連れの方など、我孫子で生活する外国籍の方が多くなっています。ただ、コミュニケーションの取り方がわからなくて、挨拶をしても返ってこなかったり、夜に集まっていたりして、不安に思う地域の方もいるというのが現状です。

 

 

中村 : だからこそ、しっかりと会話をして、インタビューなどをしてお互いを知る機会が必要ですよね。彼らがなぜ我孫子に来て、どう暮らしているのか。第三者が介入して話を聞くことで、共存していくための架け橋を作れたらと思います。

 

 

中澤 : 先日の芸術祭の最後の夜にDJイベントをやったんですが、そこに海外の若者たちも来て一緒に踊ってくれたんです。直接会話はしなくても、同じ時間を過ごして音楽で繋がれた。ああいうお互いを知る場や機会が、これからの我孫子にはすごく大事だと痛感しましたね。

 

写真提供/中村祥一

写真提供/中村祥一

 

――― 中村さんは、AIという観点から我孫子の未来をどう描いていますか?

 

 

中村 : AIがどれだけ発達して効率化が進んでも、その土地の「歴史」という事実は変えられません。志賀直哉が我孫子にいたことや、この土地が持つノスタルジーはAIには作れない価値です。だからこそ、その歴史にAIを掛け合わせることで、我孫子ならではの面白いことができるはずです。

そして、これは伝えたいことでもあるのですが、子どもたちは「AI」そのものに憧れるわけではありません。AIと共に自分を高められることに憧れるんです。フィジカルAI(AIのロボット)を活用してサッカーが上手くなったり、、面白いものを作ったりする未来に憧れて、AIを取り入れていく。つまり、そうやってAIを活用している「大人」の姿に憧れるんです。

だから、僕たちがAIを使っていろんな可能性を見せてあげること。AIを使って楽しんでいる背中を見せること。それが大事だと感じています。

そういった大人が我孫子に増えれば、それに憧れる子どもが増えて、結果的に街が活発になっていくと信じています。僕はいま、娘が通う塾の先生たちともAIの話をしているんですよ。先生たちのちょっとしたスイッチが入るような支援を、”種”として撒き始めているところです。

 

 

友達以上、恋人以下。互いを刺激し合う「街創りの仲間」

 

写真提供/中村祥一

 

中村 : 中澤さんは、「ずっと見ていきたい、興味のある人間の一人」ですね。同じ時代を生きて、中澤さんがこれからどういう生き方をしていくのかを見届けたい。

 

中澤 : 同い年の人間として、自分にないものを持ち合わせている存在。だからこそ、一緒になると想像もしていないものが作れるんじゃないかというワクワクがありますね。一言で言うと……「近所の友達」かな?いや、「友達以上、恋人未満」ですかね。恋人だと別れちゃうから(笑)。

 

でも本当に、お互いにやっていることが「仕事」というより、積み重ねて「遊んでいる」感覚に近いんです。だから一緒にいて楽しいし、長く続く。こうやって中村さんのような面白い人が我孫子にたくさん関わっていくことで、街は確実に良くなっていく。中村さんは、僕にとっての大切な「街創をする仲間の一人」です。

「街創りは、積み重ね」

中澤社長が別のインタビューでも語っていたこの言葉通り、一枚の看板から始まった二人の縁は、カメラ、映像、芸術祭、そしてAIを通じた教育へと、確実に我孫子の街に新しい層を積み重ねているように感じました。

 

身構えなくていい、飾らないありのままの我孫子。

 

この街の歴史という変わらない価値に、テクノロジーという新しい風を吹き込む大人たちの背中は、きっとこれからの我孫子を担う子どもたちに、「かっこいいオトナ」として写り、彼らが未来の”種”になることでしょう。 晃南土地はこれからも、そんな魅力あふれる人々とともに、我孫子を言葉にし、未来のカタチを創り続けていきます。

 

(写真提供/中村祥一、構成/里見有美)